せっぱり。

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被災地へ①経緯

yagi_01
                JR八戸線。鉄橋は流され…

3月11日14時46分。

揺れてる時点ではこんなに酷い災害になるとは思ってなかった。

俺の自宅は直ぐ停電になったが、携帯を車で充電しつつ、ワンセグでテレビを見て情報収集していた。
停電は丸1日位で復旧し、今まで小さい携帯画面で見ていたテレビも普通の画面で見られるようになった。
仕事も無いのでずーっとテレビを観る。

映し出される「嘘のような酷すぎる現実」。
どこか映画を見ているようでさえあった。

阪神の時には「遠いところで酷い事が起きた」と、募金を少しした位で日常生活をしていたが、今回は東北から関東にかけての太平洋側。知ってる所もあれば、知人も居る。

どんだけ災害派遣が行っても、人足りねぇんじゃ…

停電が復旧した午後、実は買い物に出かけた。

目当ての店は3店中1店しかやってなかったし、ガソリンを入れるのに30分並んだ。
店には欲しかったものが丁度良い値段で売られていたが、買う気持ちが起きなかった。

もうその時点で、心の中にあるモヤモヤが何かには気付いていたし、買い物も糞食らえ。

「助けになりたい」

しかし、ボランティアはどこの自治体でも募集している段階では無かったのし、被害の酷い地域は電気さえ復旧していない。
報道されている内容を見聞きしても、絶対人が足りない。

「行ってしまおう」

今考えれば無謀。宮城に行こうとしていた。
恐らく、そのまま行ってれば途中で引き返して来る事になっただろうけど、そんな時岩手の仲間とメールのやりとりをしていて、「ボランティアに行こうと思うんだけど、そっちでは募集してない?」と聞いたら…

「俺もそう思ってた」
「一緒にいこうか」

とりあえず岩手の彼の家に行く事になった。

彼も実は被災者だ。彼の仕事道具は津波で流され、仕事場もガタガタになった。
消防団員でもあるので他の方の手伝いをしていたらしい。

そして地元が取り合えず落ち着いたから、と一足早く近隣の被害が酷い地域へ行ってみるとの事だった。


  1. 2011/03/19(土) 23:55:00|
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