せっぱり。

被災地へ②思い出の地

ボランティアに行くのだから、写真に撮る必要も無いし、blogにupしたら被災者の神経を逆撫でする事にもなりかねない。

他人の悲惨のところを写真に撮るなどとは残酷だ。
しかし、行って考えは決まった。

これは撮って書くべきだ。

趣味でblogやってるだけで、ジャーナリストでもないけども、生身の人間として。
報道では伝わって来なかった、匂い、空気感。晴れていてもどんよりとしたような。
いつもくだらない事ばかり書いてる当blogでも、誰かが見る。

もっと考えて、自分は何ができるのか?
何もしないで自分が良ければ良い?

考えてくれる機会になったら。

流石に人だらけの現場や、やるべき事をしなければならない時は撮ってません。俺には撮れません。


次の日、件の彼の父親を青森空港に迎えに行き、道中食料などを買いつつ向かう。
道路は燃料が不足している事もあり、ガラガラ。

到着すると、彼からスケジュールを提案され、それを呑む。

明日は津波で倒壊した家屋の撤去作業。


朝、俺個人も思い出のある浜へ。
風光明媚な景色が一変していた。

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                    旅情溢れていた駅も…

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                    駅も津波を被った…

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      本来左にカーブしている線路も踏切の所で持って行かれていた

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                  港も建物は殆どやられた

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            ここには鮭鱒増殖施設の建物があった…

思いでも一緒に壊された気分になった…
俺は思い出だけで済むけどね…仕事や生活を壊された人も居るんだ。

海を見渡すと、あちこちの浜から火や煙が上がっている。
寄せられた残骸や、倒壊家屋の残骸を燃やしているらしかった…

その後、少し心が穏やかになる時間を過ごし、午後から倒壊家屋の撤去の手伝いへ。

彼と親父さん、もう一人の仲間と4人で向かった。

集落からかなりの人が手伝いに来ていて、それでも残骸は減らない。
バックホーで壊して残骸を燃やす。

直ぐに、あの人誰?となった。

「Aの知り合いで青森から来た人」

知り合いだからまだしも、いきなり宮城に向かおうとした俺は、きっと手伝おうにも手伝えなかったのではないか?と思った。

火事場泥棒的な疑いを持たれても仕方ない状況になっていたと思う。
結構無謀な事を考えて居たのかも知れない。

燃える熱と、煙。

ここの家の方はどんな気持ちで見ているんだろうと思うとやりきれなかった。



  1. 2011/03/20(日) 00:56:36|
  2. 東日本大震災
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